2015年末!名フィルの第九を聴きに行った!

第九

どうも!タラッタです。

2015年12月19日と20日、名古屋市民会館(日本特殊陶業市民会館)のフォレストホールで、名古屋フィルハーモニー交響楽団の第九演奏会が開かれました。

クリスマスや年末の音楽といえば、私はヘンデルのメサイア派ですが、今年は私の生徒が出演したこともあって、19日、その応援のためにかけつけました。

あらためて聴くと、第九も悪くないですね。まあそれでもメサイアのほうが私は好きですが。もっともっと第九並みにメサイアが催されると良いのですが、おそらく多くの日本人は第九のほうが聴きやすいでしょうね。コンパクトにまとまっている上に、華やかさもありますからね。

日本人にやたらチヤホヤされる第九ですが、かの有名な「Freude, schoner Gotterfunken, …」という合唱は、実は第4楽章。先の3つの楽章は、おそらくある程度クラシックが好きな人でないと知らないのではないでしょうか。でも第4楽章を意味付けるためには必要であり、(例えば悪いですが)耐えて耐えて出たウ○チのようなものです。

↑ 普段から下品なことばかり考えているので、咄嗟に頭に浮かんだのがこのイメージでした。第九ファンの方、ごめんなさい。

第九は半分古典派な音楽なので、正直聴きやすいほうですが、私にとっての3つの楽章はなかなかの忍耐が必要だと思っていました。

「いました」というのは、中学生のときに聴いたとき、非常につまらなくて眠ってしまったと記憶しているためです。でも第4楽章ではすこぶる感動し、そこからクラシックを聴くことの楽しさを知りました。多感な年頃であったので、なおのこと第4楽章のインパクトは強かったです。

そして今回、爆睡を覚悟で会場へ。「第4楽章だけしか記憶に残らないかもな」なんて思いながら構えていたら、なんと、意外にも眠たくならず。いや、正確にはプログラムに書いてあったウンチクをひたすら読み続けていたので眠ることがなかったわけですが、こう大人になってから耳にしてみると、やはり感じ方が中学生のときとは全然違っていたのです。

よく言えば頭が良くなった、悪く言えば音楽に理屈を求めるようになった、とでも言っておこうかと思います。つまらないと感じたはずのものだったのに、ベートーヴェンの思いを想像してみたり構造や語法について考えてみたりしていたら、自然と聴き入ることができたのです。それでもやはり眠くなるのが怖くて(もったいなくて)プログラムを読みながらではありましたが、中学生のときよりは遥かに楽しむことができました。

その反面、第4楽章にだけ深い感動を覚えるということはありませんでした。もちろん一番ワクワク感はありましたし、生徒が歌っている様を見て自分まで楽しくなりました。が、先の3楽章分との因縁を考えたり、プログラムに書いてあったシラーの詩を心の中で朗読しながら聴いていたので、楽しむに楽しむというよりは「味わう」といったような感じでしたね。

オーケストラは安定の名フィル演奏で、特にチェロが気持ち良かったです。そういえば、今回、編成が右左逆になっていました。低音群が左にきて、打楽器たちが右。見かけ上は少々違和感がありましたが、私は舞台に向かって左隅に座っていたので、低音を堪能することができました。低音は少し大きく聞こえたほうが気持ちがいいですね。安定感もあります。CD等を聴くときも、たいていベースのボリュームを大きくしています^^

ソリストは、バリトンが私の好みでした。美しく柔らかめの響きで耳あたりが良く、それでもって言葉も明瞭でした。合唱に関しては、やはりパワーを感じました。ああやって大勢で合わせるのは並大抵のことではありませんが、一丸となっている様を見て私も参加したくなりましたね。ただ、姿勢の悪い方がいたのが少し気になりました。意外に目立ちます。入退場までシャキッとするのが大事ですね。

総じて、とても良い鑑賞会となりました。この前、少しショッキングな出来事がありましたが、命や幸福についても思いを巡らす機会にもなりました。指揮者や名フィルの皆様、ソリストや合唱団の方々、そして指導者やスタッフ、企画された方々、ありがとうございました!

 
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