<没個性化する日本人>評価されるために大人しく生きる

個性

気付けば8月もまもなく終わり。今月は更新せずに過ぎてまうところでした~!

さて、今回の内容は、ちょっと深いです。タイトルにもありますが、世の中の人々について思うことを書き綴っていこうと思います。

ところでですね、私には声楽の生徒さんがおるんですけども、そのうちのお一方(心理学関係のお仕事に携わっとる方です)が、よく、顔をくしゃくしゃにして変顔をしてくるんです。それもいきなりですよ。レッスンで話しとる最中に、前触れもなく。

フツーなら、「ふざけるな」と思ってまうところなんですがね、私は便乗し、変顔をし返します。するとですね、「変顔を返してくださるの、先生だけです!」と大喜びし、私の背中をバシーンっと叩いてくるんですw 正直痛いんですが、そこには悲しさがあるんです。

その方はいつも言うんです。「この世の人々はつまらない。なんであんなに常識的なんでしょうか。個性がない」と。私が解説しとるときに泣き出したこともあり、「先生に会って安心した」と言われたこともあります。それだけ世の中のしがらみに耐えとるんでしょうね(※ 私なんか安心されるようなデキた人間ではありませんが、その話は置いときますw)

「世の中の人々には個性がない」・・・私は、「たしかに」と思いました。というか、かつての私は、その生徒さんと同じようなことを毎日毎日考えとったんです。で、最近はあまり考えんようになりましたが、今でも、世の中の人の常識さに嫌になることがあります。

ではですね、具体的に掘り下げていきましょう。以上で終わり!では何のこっちゃ分からんと思いますんでね。

お金、プライド、安泰

先ほどの生徒さんをAさんとしましょう。

Aさんはよく指摘するんですが、世の中の人は、お金とかプライドとか気にしすぎ、かつ、生活をいかに安泰な方向へ持っていこうかと考えてばっかなんです。

実際に一人ひとりに尋ねてまわったわけではないで、本当のところは知りません。が、今ここで「そう思う」と思った読者の方は、決して少なくないと思います。

  • お金があれば偉い。そのためには、ウソをついてでも自分を高く見せ、稼ぐことを夢見る。
  • 素晴らしい役職についたり資格を持っとれば偉い。そのためにはお金を惜しまず投資する。
  • 安泰な生活のため、お金とプライドを得て、長いものには巻かれ、出る杭にはならずにあざとく生きる。

Aさんは、上記のような人が多いと分析しとりますし、私も同感です。これが日本人の本性・・・いや、典型例なのかも?と思ったりもしますな。

幸い、私の音楽の生徒さんたちは、ほとんどの方がそういった悪い点に気付き、「自分は個性を大切にしていきたい」と、殻を破ろうとされとります。

でもですね、生徒の皆さんから話をうかがうに、職場の人間とか、いかにも常識的で没個性な人が多いんだそうです。Aさんも行く先々で “常識人” と出会うようなんですが、そういった人たちが日本社会にストレスを生み続けとるんだ、とのことです。

それ、個性的?

個性の話をし出すと、以下のように思う人が出てきます。

「私は、いつもお店で素敵な服を選んでるし、美容院でも似合うようにカットとかパーマとかしてもらってる」

・・・はい。でも残念ながら、そういう人にほど、没個性な人が多い気がしてなりません。いや、そういうのが悪いわけではない。そういうのを「個性的」と思ってまうことがいかんのです。

私もAさんも、他の生徒さんもですが、見た目については二の次や三の次って考えるんです。どうでもええっていうと語弊がありますが、最低限の身だしなみがあれば、あとは内面から自然とにじみ出てくるっていうわけなんです。

にもかかわらず、そのにじみ出てくるものをグッと抑えちゃって、やけに個性的に見せとる人が多いのなんのって話です。そして結局、まわりと似たようなファッションになってまっとるんです。

どうせ雑誌とかに載っとるファッションを参考にしとるんでしょう?そこん中から自分に合いそうなのを選び出し、ちょこっとだけアレンジしとるわけでしょう?

・・・残念ながら、”コセイ” を出そうとしとる人は、皆同じことを考えとります。でも、結局は常識人であるわけだで、皆同じようにしかならんのです。本当の個性人は、雑誌は見ても、あくまで鑑賞目線。むしろ「こんなんにはなりたねーわ」って思う・・・どころか、スルーです。

そして、常識人本人は、個性的になったつもりでおもしろおかしいことを喋ったりするんですが、言葉のパーツをよく聞いてみると、実に多くの人が、流行りのネタを真似とるだけだったりします。もちろん、本人は、その言葉が流行っとることに気付かずに(そう。タレントやマスコミが流行らせた言葉にすぎなかったりする!いわば洗脳です)。

あと、Twitterとかでも、爆発的に人気の出るツイート等があったりしますが、どこか常識的です。個性的というよりは、ただ表面的に面白い “だけ” のことが多い。なんでこんなもんがバズるの!?って思うことも ようあります。ま、面白い “だけ” だからこそバズるんでしょうけどね。

 ※ 「バズる」の意味は こちら にあります。

利得を考えずありのまま。それが個性

なんか話がごちゃごちゃしてきて、何を言っとるのか自分でも分からんくなってきましたw もし賢い方がおったら、貴ブログか何かで翻訳してくださいませ。そんときはご一報いただけると喜びます♪

ざっくり一言で言うと、利得を考えずありのままに生きとる人こそ、個性的な人だと私は思います。以下のことをあまり重要とは思わん人です。

  • こうすると人から評価される
  • 美容院でかわいく(かっこよく)してもらお
  • あの面接を切り抜けるには、色んなテクニックを
  • 愛読書は、ファッション誌、自己啓発本、資格教材
  • 人から評価され、もっと高みを目指すぞ

子どもの頃、上のようなこと思いました?まあ、人から良く見られたいっていうのはあったかもしれませんが、もっと無垢で、ありのままだったと思いますが、どうでしょう?

子どもの頃は、みんな個性的だったはずです。なのに、大人の世界に足を踏み入れて、没個性化します。とりつけたような “コセイ” を身にはまとってはおるんですが、その人しか持たない輝きが、スーッとしぼんでいきます。

そんなんでは悲しいですよね。

たしかに、大人の世界を知らずに生きるのはダメですし、上に列挙した行動も、引き出しとして持っといてええとは思います。誰しも人生を生き抜いていかねばならんですんで、処世術は考えんとかんかもしれません。

ただ、処世術を身に付けることで個性が埋没したらいかんです。音楽する上では、その没個性こそ音楽を殺します。逆に言えば、個性を重んじ、ありのままに生きる人ほど、素直な音楽を奏でられるものと思います。

そして、素直な音楽は、人の心に刺さり、共鳴します。なぜかというと、聴き手の心の奥底では、封印されてしまった個性が、外に出たがっているからです。

 

【P.S.】

やっぱり、私にも煩悩(ぼんのう)というのがあって、人から良く見られたいとか、かっこよくいたいとか、評価されたいとかばかり考えがちです。

でも、Aさんの何気ない言葉のお蔭で、わが身を振り返ることができました。私は、一音楽人として、個性を重んじ、よりありのままに生きられたらええなあと思います。

ただすねぇ、個性的でありたいと思っとるうちは、私もまだまだかもしれませんね。もう子どもの頃の自分には戻れないんでしょうか。

ともかく、皆さん、もっと自由にいきましょうか!

「こうでなければならない」ってのはありませんもんね♪ どうせいつか死ぬんです。死んだら何も分かりません。無です。微細な塵になるのみ。だで、無理にかっこうつける必要は、無いんだぞ!

 
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