チェンバロ伴奏による「古賀政男」がしっくりきすぎて感動

どうも!タラッタです。

古賀政男という作曲家をご存知ですか?
演歌や歌謡曲が好きな方は、きっと一度は聞いたことがあると思います。
私はクラシック畑出身ですが、日本の歌の歴史を知る上では欠かせない人物である以上知らないわけにはいきませんので、知っています。

有名な曲を挙げると、「東京ラプソディー」とか「丘を越えて」、「誰か故郷を想わざる」、「白虎隊」などがありますが、昭和に人気を博した藤山一郎さんがよく歌われていました。「悲しい酒」という歌は、美空ひばりさんの歌で大ヒットしました。

そこで今回は、タイトルのように、
その古賀政男の数々の曲が、チェンバロ伴奏でかなりしっくりきて感動したというお話です。中野振一郎さんのチェンバロ伴奏による藍川由美さんの歌唱を聴くと、身がぞくぞくっとするような感じで鳥肌が立ったのです。もちろん良い意味で、です。

藍川さんは、なにも珍しさを求めて伴奏にチェンバロを起用したのではありません。古賀作品にはギターやマンドリンといった撥弦楽器が用いられることが多く、それにあやかった上で、日本語を伴奏に埋没させないため、また、和声的な響きを作り出せる鍵盤楽器という利点を買ってチェンバロを伴奏に用いた・・・ということだったと思います(そのような旨がCD解説に書いてありましたが、間違ってたらすみません)。

さらには、チェンバロをバロックピッチでもなく現代のピアノのピッチでもなく雅楽のピッチに調弦しているという点から、日本特有の節回しにふさわしい古賀メロが、本当に生き生きと流れてくるのです。

藍川さんはそういったことを証明するために、チェンバロとソプラノによる古賀作品の演奏をお試みになったようです。

・・・まあ、そういった理屈はおいておき、
単純に、日本語が美しく、そして際立って、自然のままに耳に入ってきます。

私もそうですが、音大出身者というのは、
どうもピアノ伴奏で歌を歌うというのが常識になっています。
どんな時代の歌であろうが、作品のバックグラウンドが如何様であろうが、そんなのお構いなしにピアノ伴奏で自己顕示欲を示して終わり!

・・・そんな現状なのです。
ろくに現実を調べもせずに、ただ良い声で歌って人々を感動させたつもりになって演奏会を終えて、したり顔。

ちょっと悪口になってきてしまったので話を戻しますが、
藍川さんの歌う歌からは、今回のCDに限らず、忠実性がありありと伝わってきます。私は以前よりそれを知っていたため、今回のチェンバロ伴奏による古賀作品演奏も、きっと何かしらの意図があってやっていらっしゃるんだということは想像に難くないことでした。

まあそれは置いておいて、
伴奏がチェンバロであるからこそ、古賀政男の求めていた音楽性を、より一層活かすことができるんだと思います。

ちなみに、今回中古でやっとこさCDを手に入れたんです(^^;)
これまでも、中野さんと藍川さんのコラボCDがこの世に存在することを知っており、「なんか一流同士のスッゲーCDやな~」って思ってたんですが、色々なことに気を取られている間に結局買えず・・・。そこでこのあいだ、ふと思い付いて「よぅし買っちゃお♪」っていう軽いノリで買いました!

CDはすぐに届いたので、早速再生してみたら、
先述のとおり、皮膚の毛穴が浮き出てきて、ジ~ン・・・。「うわ~すげー・・・しっくりくるわ~いいわ~これ!」って感じでひとりで感動していました(笑)

藍川さんの歌も素晴らしいですが、中野さんの即興的な伴奏もまたイイですね~♪
以前、中野さんの伴奏でちょっとだけ私も歌うことができた(誠に有難き!)のですが、ヘタクソな私の歌でもササッと合わせ、それに即興的技法で弾いてくださいました。いや~、他人にどう聞こえる歌だったかはよく分かりませんが、私自身めちゃくちゃ気持ちが良かったです。束の間の幻のようでした。

藍川さんのCDでは、ほかにもウィーン・シュランメル・アンサンブルの伴奏による古賀作品演奏を収録したものもあります。こちらも、また古賀ワールドがありありと見えてなかなかのものです。伴奏を担う皆さんは西洋人ですが、古賀メロに用いられているジプシー的な音階やハバネラのリズム感とは縁が深い方たちなので、これまたすごくしっくりくる演奏に仕上がっています。

個人的にはチェンバロ伴奏のほうが好みですが、このアンサンブル伴奏版も日本語がよく際立ち、素晴らしいCDで見逃すことができません。声楽を勉強している方は、必ず聴くべきではないかとさえ思います。

そういえば、以前師匠に「古賀政男が歌いたい」と申したことがあります。
そのとき、たしか師匠はちょっぴり怪訝な顔をされたような気がします。残念だったなあ~アレ。

私としては、一世を風靡した古賀政男だからということで、
師匠からの「いいね!じゃあ今度一曲持ってきてよ」というお返事を半ば期待していたのですが、やはりムリでした(^^;)でもそこには、クラシック界における演歌嫌悪のようなものが見られるような気がしてなりませんでした。

クラシックにおいては、演歌=低俗ということなんです。でもそれは偏見です。古賀作品を低俗とするなら、何を以て低俗とするのでしょうか?古賀政男は、仏教声明を参考にして、その高度な技法を作品の中に盛り込んでいます。また、西洋的なエキゾチックな音階も見られます。ただ、それをきっちり表現できる(する)歌手は現代ではほぼいません。だから指を差すなら、古賀政男ではなくてそういった歌手を指差すべきではないかと思うのです。

まあ、ここでタラタラと論を展開しても屁理屈としか思われないと思うので、何はともあれ一度藍川さんの古賀政男を聴いてみると良いのでは?と思います。もちろん、私はチェンバロ伴奏をオススメします♪

このCDです!

誰か故郷を想はざる~古賀政男作品集
(Amazon)

 
スポンサーリンク

>> 全記事一覧はこちら <<

サブコンテンツ

クリックでD.C.