合唱でのアルトは声楽でのアルトとは別物であるその理由

どうも!タラッタです。

これまでの人生で合唱を経験していない人はおそらくいないと思います。一度、中学校の頃の音楽の授業を思い出してみてください。ソプラノ、アルト、テノール、バスの4パートに分かれましたね。実際、巷の合唱団などでも、おおよそその4つのパートに分かれて合唱が行われます。

ではあなたの認識はどうでしょうか。ソプラノといえば声の高い女性、アルトは声の低い女性、テノールとバスも同じような具合で認識されていると思います。私の記憶でも、中学時代はそのように分けられたし、音大での合唱の授業・本番でも、大方そのような分け方をしていました。

しかし、ここでひとつ注意点があります。合唱でいうところのパートというのは、声楽の独唱等でいうところの声種とは別物であるということです。つまり、合唱のアルトは声楽のアルトではなく、また他のパート(声種)も然りです。

今回は、その点にまつわるお話をしましょう。なお、合唱というのは声楽の一部と見なすのが一般的ですが、ここでは両者を分けて論じていこうと思います。

なお、話を分かりやすくするため、主にアルトに焦点を当ててお話ししていきます。他の声種でもほぼ同様のことがいえるので、是非参考にしてみてください。

合唱でのアルト

合唱でいうところのアルトは、ソプラノの人よりも声の低い女性が担当することが多い気がします。いや、もっと厳密に言うと、「高い声が出ない女性」あるいは「低い声を出せる女性」と言ったほうが正しいかもしれません。

少し話が逸れますが、日本人の多くの女性は、元々の声がソプラノあるいはメゾソプラノ(※)と言われており、私が色々な人の声を耳にする限りでも、本当にソプラノのような高い声の人が多いです。ただ、日本人は声を緊張させて話す傾向にあるので、もっと自然な声が出せるようになれば、実はメゾソプラノだという人もけっこういる気がします。

 ※ メゾソプラノとは、一般的にソプラノとアルトのあいだのパート(声種)です。

つまり、合唱でのアルトという言葉には、「声楽」でいうところのアルトという意味が無いように思えるのです。下記のとおり。

合唱の「アルト」は相対的な用語

日本人にはソプラノやメゾソプラノが多い、と上で述べました。となると、合唱におけるアルトは名ばかりであるといえます。“ 名ばかり ” というと語弊がありますが、要は、ソプラノに対応させて使われる用語にすぎないと言えるのです。

「高いほうがソプラノで、低いほうがアルトね」というわけです。

AさんとBさんしかいないと仮定したら、少しでも高い声が出るほうがソプラノ、少しでも低いほうがアルトと定義されるのです。AさんもBさんも同じようなものなら、ソプラノとアルトを曲によって交代したりもできます。いや、Aさんのほうが声が低くても、Aさんがソプラノを担うことも場合によってはあるかもしれません。

とにもかくにも、単純に女声パートを2つに分け、「相対的に高い音域を歌うパート=ソプラノ」、「相対的に低い音域を歌うパート=アルト」となるだけのお話です。3つに分けた場合は、高いほうから、ソプラノ、メゾソプラノ、アルトとなったりします。

あくまで相対的なお話なので、アルトがソプラノのような高い音域を歌ったとしても、ソプラノより低い音域で旋律が動くなら、それはアルトとなりうるのです。

 ※ もちろん、作曲の理論上、パート毎の音域の決まりは一応存在しますが、ここでは詳細は割愛します。

アルトパートだからといって、声種がアルトとは限らない

上記のお話を理解いただけた方は、もうお気づきかと思います。いくら合唱でアルトパートだからといって、声が必ずしも低いとは限らないのです。逆に、ソプラノパートの人でも、本当はメゾソプラノのような声の人も大勢います。

理想としては、声が低い女性がアルトを担うのが良いと私は考えていますが、特に日本人の場合は、(声楽でいうところの)声種がアルトの女性は希少で、そこをこだわったら合唱が成り立たなくなってしまいます。いやむしろ、こだわらなくても合唱というのは成り立つと思っています。

昔は「カウンターテナー」だった

中世のヨーロッパでは、合唱は主に教会音楽で育まれてきました。教会に「女性は沈黙せよ」という決まりがあったとき、ソプラノもアルトも男性が担ってきました。ソプラノはボーイソプラノで、アルトがカウンターテナーであることが多かったとも言われています。

カウンターテナーは、今では「裏声や頭声を用いて女性の音域を歌う声種または歌手」という意味を持っていますが、元はテノールという言葉に対して使われるものでした(カウンターテナーを直訳すると「対テノール」となります)。そして、カウンターテナーはテノールなどの男声よりも高いため、「高い」という意味のある「アルト」という言葉で呼ばれるようにもなりました。

つまり、アルトという言葉は、古くも相対的な言葉として用いられていたのです。それが時代が進むにつれて、ソプラノに対応させて使う言葉となっていきました。

それとは別次元で、アルトをはじめとするソプラノ、テノール、バスといった言葉は、パートという概念を離れて、それぞれが声楽の一声種としての意味を持って歩むことにもなりました

声楽(ソロ)でのアルト

近世以降のヨーロッパでは、合唱は育まれる一方で、オペラが隆盛し、さまざまな芸術歌曲も生まれていきました。声楽というのは実に幅広いものとなっていったのです。

すると、より歌手の 個 が重要視されるようになっていきます。つまり、合唱では「ソプラノに対して低いほうはアルトね」といった概念ではなくて、もっと絶対的な意味での言葉として使われるようになっていくのです。

声楽での「声種」というのは、発声時にギアチェンジすべき音の位置(パッサッジョ)、声の色、声の重さ、声の性格、歌手の性格といったところもひっくるめて捉えられるようになっていきました。

つまり、例えばアルトなら、単にソプラノという言葉に対応させて使われるだけではなくなったのです。もちろんそれだけの意味で使うこともありますが、そんな単純に片づけられない状況となったのです。

テノールパートを担ったアルト歌手

アルトの一流声楽家は非常に低音が豊かで安定しています。でもソプラノの音域まで歌えます。逆も然りで、ソプラノでもアルト並みに低い声が出る人もいます。もちろん、低音か高音のどちらを得意としているかというのはありますが、単に声の高低だけでは決まらないわけですね。

極論を言えば、アルトであろうがソプラノであろうが、高音も低音も歌いこなせるのが理想です

ただ、やはりアルトの声楽家といえば、低音が売りで、音色もソプラノの出す低音に比べてより豊かで包容力があり、時に男性のテノールような色合いも持っている人が多い気がします。

私が以前にお世話になったことのある声楽家は、本人はビジネス上メゾソプラノとして名乗っていましたが、実に珍しく、アルトの声の持ち主でした。ソプラノ歌手が出す低音と比べて、無理なく、非常に自然で、あたたかみのある声でした。また、彼女のすごいところは、学生時代に合唱でテノールパートを担ったことがある、という点です(本人談)。

それらこそ、今回のお話のテーマを端的に表しているように思います。「合唱ではテノールで、声楽ではアルト(肩書上はメゾソプラノ)」ということなので、合唱でいうパートと声楽の声種は必ずしも一致しない、というわけです。

ただ、彼女が合唱でテノールを担ったのは、おそらく単に低い声が得意だったという点がポイントでしょう。声楽の声種でいうところのテノールに比べたら相当差異があるに決まっています。そもそもアルト歌手は女性なんですから。(つまり、合唱でいうテノールも、声楽でいうテノールとは別物なのです)。

でもそういった方法は合唱では時々取り入れられます。私が通っていた音大の合唱の授業でも、テノールの男性が休みすぎて足りなかったとき、急遽、声の低い女性の何人か(※)が助っ人でテノールに入りました。それを見た私は若干カルチャーショックを受けましたが、合唱ならではの業だったと思います。

 ※ 声の低い女性といっても、彼女たちは元々ソプラノ寄りのメゾソプラノで、低音の豊かさも多少不自然(無理に下げたような声)だったはずです。

ネット上のSNS等であらゆる人のつぶやきを見ていても、「アルトパートなのにテノールパートに助っ人として入った」という体験談がたまにあったりします。

アルトパート担当の多くはソプラノかメゾソプラノ

これはあくまで私の感覚ですが、合唱のアルトパートに属している人たちは、たいていソプラノかメゾソプラノのような気がします(もちろん、声楽でいうところの声種が、です)。「私はアルトパートだから、声が低い」と言っている人をたまに見かけますが、そう言っている人も、たいていメゾソプラノだったりします。

単に低い声を出すことができる人は、ソプラノの人にだってけっこういますし、メゾソプラノの人なら なおのこと多いでしょう。

しかし、彼女たちは、本当のアルト歌手のような自然な低音は持っていない、と私は思います。声種のお話は声の高低で片づけられるものではありませんが、アルトの歌手はやはり低音が売りである以上、非常に自然で豊か。これはもう決定事項です(深いことを言えば、それ以上に “ アルトらしさ ” というのも兼ね備えています。とても複雑なお話になるため詳しくは割愛します)。

そういった観点から見ると、日本人の合唱団のアルトパートの人たちは、十中八九ソプラノかメゾソプラノだなあと、私はつくづく思うのです。先述の、私がお世話になったアルト声の声楽家と比較すると、多くの女性はやはりアルトに非ずです。

 ※ とは言っても、街中でごくたまにアルトの声を持った女性を見かける場合があります。そのとき、私はその人が気になって仕方がありません。低音が綺麗に響くのみならず、佇まいや所作もまたアルトらしいなあ、と思って見てしまいます。

 ※ ちなみに、ジェシー・ノーマンというソプラノ歌手は、豊かな低声も出せてしまう奇特な方です。とは言っても、やはり売りはドラマチックな高音ですが。

アルト歌手の例

ここで、私が「この人はアルト歌手と呼んでも良いな」と思う声楽家を挙げたいと思います。

Nathalie Stutzmannナタリー・シュトゥッツマン
 :フランスのアルト(コントラルト)歌手、指揮者。アルト中のアルトですね。主に、バロック声楽曲、宗教曲、シューベルトの歌曲、フランス歌曲などを歌われています。非常に濃厚な低音と、地に付いたような声質、黒光りするような雰囲気が魅力的。0:19から歌声が入ります↓

もし電話でお話ししたら、おそらく男性と間違えてしまうでしょう。日本人だとここまで低い声の女性はかなり少ないですね。0:10くらいから話し声(日常的な自然な音域)が聴けます↓

 

Carolyn Watkinsonキャロライン・ワトキンソン
 :イギリスのアルト・メゾソプラノ歌手。バロック音楽においてよく知られます。あまり活動が見られないのが寂しいですが、彼女の温かみのあるしっとりとした低声や意味深長な表情が何ともアルトらしくて好きです。色で言うとえんじ色の声でしょうか。

こちらのCDにワトキンソンの声が収録されています。試聴コーナーで聴けると思いますが、ブラウザ等によっては無理かも?
⇒ ヘンデル:メサイア

鳴海真希子
 
:日本のアルト・メゾソプラノ歌手。宗教曲やオペラを中心に歌われていたようですが、無念にも2002年にお亡くなりになったようです。友人に「この人すごいイイよ!聴いてみて」と言われて初めて知りました。日本人としては数少ない、ナチュラルな感じの低声の持ち主だと思います。

とりあえずこの3人に絞ってみました。是非、アルトの世界を堪能してみてください。

まとめ

合唱でのアルトと声楽でのアルトの違いをまとめましたので、おさらいしてみましょう。

 【合唱でのアルト】

  • あくまで「パート」としての名前
  • ソプラノに対して「相対的に低い」という意味合いがある
  • アルトパートに属すからといって、その人が声楽の声種としてのアルトとは限らない

 【声楽でのアルト】

  • 個としての「声種」を表す
  • 単に声が低いだけでなく、それにふさわしい声質、声域、性格を持っている
  • 日本人では希少

今回は、以上のように一応分け隔ててみましたが、実際のところ、作品によってはあいまいで、両者の意味を兼ねていることが往々にしてあります。特にオラトリオや受難曲では、合唱寄りの考え方をしたりします。例えば、アルトのアリア(歌)であっても、メゾソプラノ歌手が歌ったりします。

そのように、実際は混沌としているのです。その事実こそが、アルトといった言葉の意味の曖昧さに拍車をかけているような気がします。「なんだそれ。分かりにくいなあ!」と思う人も大勢いるかもしれませんね。

以上、アルトに焦点を絞って、合唱でいうところのパートと声楽で言うところの声種の違いをお伝えしましたが、いかがでしたでしょうか。ソプラノやテノール、バスなども、言いたいことは同じようなものです。もちろんアルトとは異質なものですが、大体は参考になったでしょうか。

今回は非常に大雑把に、「合唱」と「声楽」という風に分けましたが、実際はもっとごちゃごちゃしているのです。もし「アルト」という名前を見つけたら、その都度、「これはどんな意味でのアルトかな」と、少しでも考えていただくと良いかと思います。

今回の記事に併せて、次の記事も是非参考にしてみてください。

⇒ 「声種の細かな分類
 :例えば、ソプラノと一口に言っても、軽くコロコロしたものから重くドラマチックなものまで、色々なソプラノが存在しています。この記事では、声種を細分化して主観的に説明しております。

⇒ 「声種の判断は、永遠の課題だと思う
 :歌を歌う人は、すぐに自分の声種を決めたがりますが、その必要はない、むしろ決定づけることは不可能ではないかといった点を軸に、お伝えしております。

 
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