ダメ元受験や記念受験はダメ!迷惑かもしれません

ダメ元受験

どうも、タラッタです!

「ダメ元受験」とか「記念受験」という言葉を聞いたことはないです?

私もかつて、「○○高校を受けるけど、ダメで元々~」と言っとったことがあります。さすがに “記念” 受験という概念は頭に無かったですが、この前私の教室に宝塚音楽学校受験希望者が体験に来た関係で色々調べたところ、ネット上で「記念受験」という言葉を多数見かけました。

体験レッスンに来た生徒は「宝塚に入りたい」と言ってましたが、楽譜もほぼ読めとらん子で、課題曲の練習も最近になってやり始めたようだったので、おそらく “ダメ元受験” か “記念受験” のつもりだったんでしょう。それに、厳しくレッスンしたためか入会には至らず(^^;)

まあそれは置いといて、私は、ダメ元受験や記念受験に対しては否定的な立場です。

ダメ元や記念受験をやめるべき理由

かつては「それもなかなかポジティヴなことだと思うし、思い出づくりや度胸試しに良いだろうな。運良く受かればそれで万々歳だし!」と考えとった・・・しかし現在は、以下のような思いを抱いとります。

  • 時間と労力の無駄な消費
  • 本気の受験生に対して迷惑
  • 学校側に迷惑
  • 関係者にも迷惑
  • 運良く合格してもついていけなくなる可能性がある

主にこの5つが挙げられます。ひとつずつ説明していきましょう。

時間と労力の無駄な消費

中途半端な思いで受けるほど、無駄なものはないと思います。「ダメ元」とか言わず本気で受けましょう。記念だとか言わず、もっと士気や熱意を高めましょう

どうしても本気になれんのなら、その受験校はあなたに向いとらんか受けるべきでない学校なんです。別にダメ元や記念が100%ダメ!と鬼のようなことは言いませんが、冷静になって考えてほしいなあと思っとります。

本気の受験生に対して迷惑

中途半端な気持ちで受けるだなんて、本気で頑張っとる子に失礼。あなたは「どんなもんかな~」「まあちゃちゃっと受けて土産話にでもしよう」と考えとっても、本気の子は「心臓が張り裂けそう」「ここにどうしてでも受かりたい!」という気持ちのはず。

その温度差、ちょっくら想像してみてくださいな。本気の人が多い中、あなたは浮いた存在に見えてきます。場違い感がありますね。

「ほかの受験生なんて知ったことか!」「死んでも記念に受けたい!」「もし受かったら死ぬほど頑張る!」という強い意思があるのであれば、どうぞ受験をしてみてください。むしろそのくらい強い思いがあるんなら、たとえ “合格” が第一目標でなくとも受ける意義があると思います。

学校側に迷惑

受験生ひとりに対して、学校側は色々費やしとります。紙や受験票、その他諸々の経費から、あなた一人に割く時間、労力などなど、見えないところにたくさん。

「受験料払ってんだから、文句言われる筋合いはないでしょ!」と思った人もおるかもわからんけれど、そういう問題ではない。学校側も、生半可な人よりも本気な人に尽力したいはずです。

ま、私立学校とかだと儲け主義に走っとるところもあると思いますが、そうであっても、生半可な人より本気な人のほうが、来てもらえると嬉しいものでしょう。その子が無事に入学して頑張って好成績を残せば、さらなる宣伝にもなるしw

生半可な人でも、入学後に本気になって急成長することはありえますが、まあ、それは “持っとるモノ” があればの話ですね。

関係者にも迷惑

ダメ元や記念受験といっても、それまでにレッスンを受けたり相談をしたりするはず。親や先生の頭を悩ませたりもしとるはずなんです。夜もまともに眠れないほどに悩む人だって現におります。

大人たちが悩むのは、あなたの為である、というのが基本(と同時に、大人自身の世間体のためでもあるでしょうがw)。

あなた、本気そうな顔をして、大人たちをたぶらかしたりはしてませんか?・・・よく考えていただきたいです。

本当に本気であれば、たとえそれで残念な結果であっても良いんです。生半可でだったら、受けても嬉しさは半減するし、落ちても「まあねッ」と簡単に割り切れてしまう。そして後々、「私何やってたんだろう」と罪悪感にさいなまれることもあると思いますね。

だからこそ、“どうしても” “死んでも” ダメ元や記念での受験をしたい!という以外は、ダメ元や記念での受験はやめとくべし。ただダメ元や記念であっても、それなりに貫かれた意思があれば、私もブーブー言わんつもりっちゅーことです^^

運良く合格してもついていけなくなる可能性がある

中途半端な気持ちで受験したところ、運良く合格してしまったとしましょう。

そこで改めて目覚めて本気になれれば良いですよ?でも、中途半端な気持ちの人は「やったー」としか考えとらんはずです。そこで責任を感じ、一気に熱意がわいてきますか?熱意がわかないなら、授業についていけなくなるかもしれません

まあしかし、運良く受かるってことは、ダメ元もなにも元々実力や才能があったということかもしれないので、もしそうなら元々ダメ元受験ではなかったということになりますね。ついていけなくなる可能性も大きい反面、頑張れば急成長できる可能性もあります。

ちなみに、(ダメ元というより)「記念だ」と豪語しつつ運良く合格しても、入学しないでいただきたいです。記念なんでしょう?入学しちゃったら記念でもなんでもないがな!w

記念で受けても自慢にはならない

「宝塚を記念受験しました!」と人から言われて、あなたはどう思いますか?

「すごいね!」「容姿端麗だもんね!」「歌もバレエもうまいんだー」と思う人もおると思いますが、私は違います。私はすこぶるイジワルな人間だもんで、「へ~入れるほどキレイじゃなかったってことか」「入れるほどの実力があったわけじゃないんだ~」と考えちゃいます。

記念受験自慢は、いわゆる “墓穴を掘る” というわけですw 上記のようなマイナスな印象が残るし、「半端な人なんだな」「記念という言葉は良い免罪符だよな」という目で見てしまうんですね私は。

まあね、思い出づくりとかって悪いことじゃないですが、思い出は作るものではなく知らん間に作られとるもので、記念受験をしようがしまいが思い出は生成されるはずなんです。だで、例えば宝塚を受けなきゃ思い出が残らない!っていうなら、普段何して生きとんのよ?と思うっちゃうんです。寝転がってるだけ?・・・それなら思い出は無いわな。つーか、それでも「寝転がっていた」という思い出は作られますけど?w 工夫次第で話のネタにもなると思うけどなあ。

記念受験したって自慢になんかならんと思います。いずれにしても、合格すれば自慢できますけど、現状に満足しないで常に志高く邁進しとる人なら簡単に自慢できないのではないしょうか。まあ人それぞれでしょうけど。

ダメ元でも得られるもの

私は、記念受験よりかはダメ元受験のほうがまだマシだと思っとります。「本当は入りたいんだけど、実力が・・・」という人も多いと思うので、なんとなく “健気” な感じがするんですよね。でも中途半端な気持ちで受けるのはいけないですけど。

ダメ元受験では得られるものもある程度あるでしょう。もちろん先ほどお伝えしたマイナス点もありますが、他の受験生の雰囲気を把握できたり、場慣れすることができたり、試験の流れを体験できたりします

高校受験とかだとさほど変わらないかもしれませんが、大学受験だと大学ごとでカラーが大きく異なるので、ダメ元で受けてその年本当にダメでも、その経験を次の年の受験対策に生かすことができるでしょう。

そういった意味では、ダメ元受験に対しては肯定的な立場です。が、総合的には否定的な立場です。受けるからには受かるつもりで本気で受けるべきだし、ダメ元とは言わなくて良いほどまでに計画的にレベルを上げるべし!です。早目早目にね。

それで落ちてしまったときにはじめて、「良い経験になった!次に生かそう」と考えれば良くて、「ダメ元だった」という免罪符を使えますw

最後に

以上、ダメ元受験や記念受験に対する私の考えをお伝えしました。もしかしたら「それは違うと思うな」という点もあるかと思います。それに私だって不合格の経験がある(しかも多いw)ので、「ダメ元で受けたんだよ」とはぐらかしたこともあります。免罪符ですw

けれど、生徒を持つようになった現在、先生としての立場から言えば「ダメ元や記念受験はやめなさい」ということ。ダメ元で受けるくらいなら、あらかじめダメ元にならないようレベルアップを図れ!記念で受けるくらいならやめておけ!・・・です。

少々手厳しいことを書いてしまいましたが、何かしらの参考になれば幸いに思います。

 
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