飛行機恐怖症の克服は諦めたほうがいいのだろうか?

どうも!タラッタです。

今日は飛行機のお話です。音楽系ブログなのになぜこのお話かというと、私自身飛行機の墜落のお話に興味を抱いていることがまずひとつ。そして、音楽留学をするかしないか考えていたときに飛行機に乗らないといけなくなることを考えていたのがもうひとつ。

そう、私は飛行機恐怖症なのです・・・。だから、常に墜落について考えてしまう。

まあとりあえず、私の飛行機恐怖症っぷりについてお話をしてみます。え?克服?できるものならしたいですけど・・・。

なかなか理解してもらえない、この恐怖

「飛行機には乗りたくないんですよね~」と話すと、相手からはこう訊き返されたりします。

「高いところが苦手なんですか?」

しかし、私は高いところ苦手じゃないです。むしろ好きです。景色を眺望できるし、地上の世界があんなに小さく見えるのはとてもエキサイティングです!

私はそのように答え返します。すると今度は、

「まさか、鉄の塊(かたまり)が・・・ってやつですか?」

と訊き返されるので、私は「そうです」と答えます。まあ、鉄の塊が飛ぶのは頭で理解はできるんですが、要は墜落したら最後ですよね。人工的な鉄の塊ですから、どこかに不備が生じたら生きて帰れない確率は飛躍的にUPします。

飛行機恐怖症と言っていますけど、「墜落恐怖症」なのです私。

・・・でも、なかなか理解してもらえないんですよね。

「車の事故率のほうがはるかに高い。墜落なんて、宝くじに当たるより確率が低いらしいよ」
「飛ぶ前に眠ってしまえばいいんじゃないですか?」

と色々アドバイスをいただくものの、まあ、ありきたりな話ですよね。100人に聞いたら、おそらく墜落したときに生き残らないくらいの確率でそのように言われます(笑)もう、耳にタコ!そんなアドバイスで恐怖症が克服できてたら苦労しないですって~!

・・・って言っても、もう半ば諦めてますから何も苦労してませんけどね~(笑)

私の飛行機搭乗経験

ここで私の経験談です。しばしお付き合いください。

子供の頃は全く怖くなかった

飛行機に乗るのが怖いって言っても、初めて乗ったときはとても楽しかったですよ!

それはまだ小学2年生のときでした。家族で北海道に旅行に行ったときですね。行きも帰りも飛行機(航空機)に乗ったわけですが、そのときの記憶は、帰りに酔ってしまい、美人な客室乗務員(当時はスチュワーデスって言ってました)に優しくしてもらったことだけ(笑)

次に乗ったのは、中学生の頃、家族で沖縄へ行ったとき。離陸時のド、ド、ド、ド、ドドドドドドドドドドドドドゴワァアアアアアアアアアアア!!!!!!!!と加速して浮いた瞬間はスゴイと思ったし、着陸時のヒューーーーーードガアアアアアアアアアアアアアアアアア・・・・という感じには良い意味で鳥肌。「お、沖縄の地に着いたんだ!!!」と感動しましたね。

まだそのときは、飛行機なんて怖くなかったです。まあ、墜落することがあるのは知っていましたが、「まあ墜落しても切り傷や骨折くらいだろう。まあ海に落ちたら知らんけど」って考えていた気がします。馬鹿ですが、今の私よりはるかに男だった!(笑)

それから次に乗ったのは、大学2年の頃にドイツまで演奏旅行に行ったときのこと。断ることもできたのに、なぜ行くって言ってしまったのだろう。実はこの頃、すでに飛行機墜落恐怖症に陥っていました。

恐怖症に陥るまで

大学2年の頃までに何があったのか分かりません。気付いたら飛行機が嫌いになっていました。同時に部分的な潔癖症も悪化していたので、もしかしたら何か関係があるかもしれませんね。まあとにかく墜落が怖くて仕方なかった!

ドイツ旅行の1ヶ月くらい前から、墜落についてネットで調べていて、日本航空123便が御巣鷹山に墜落した事故についても、生々しい画像や動画などを見漁っていました。

あの事故はもう惨劇ですね。乗員乗客524名のうち死亡者520名(そのうちのひとりが歌手の坂本九さん)、生存者(負傷者)が4名でした。タレントの明石家さんまさんも、実はあの飛行機に乗る予定だったようですが、急遽予定変更で一本早い便に乗って難を逃れたそうです。

まあ、そんな凄惨な事故(事件?)を調べていたものだから、ただの飛行機「嫌い」が「恐怖症」になっていました。手が震えるんです。心臓もバクバクして冷や汗。「あぁ、1ヶ月後、この体は木っ端微塵になってるのかな。今までお世話になったな・・・」と、自分の手を見ながら、その手を愛おしんでいました。

よくこんな精神状態でドイツ旅行を中止しなかったものです。そりゃね、一度決めたことを止めるわけにはいかないでしょう。恐怖症ごときで止めるなんぞ、大和男児として恥ずかしくてできなかった!

そんなわけで、強行突破しました。

強行突破

離陸時は目に涙 「さよなら日本」

いざ離陸する前は、案外平常心でした。いや、もう悟りを開いた感じでしょうか。妙にテンションが高かったです。同じ大学の女の子(彼女じゃないよ)と一緒に同じ便に乗る予定で、離陸時刻まではベラベラベラベラ饒舌になって喋っていました。

そしてついに搭乗し、離陸の時刻に。飛行機はのろりのろりと動き始めました。空港までは両親が付き添ってくれましたが、飛行機が動き始めた頃、母は所用のためすでに電車の中、父は空港の屋上にいたと思います。私はとても寂しい気持ちでした。女の子と一緒にいたにもかかわらず。

飛行機はついに大きく方向転換し、離陸体勢に入りました。「と、飛ぶぞ飛ぶぞ、ついに飛んでしまうぞ」と思いつつ、手でグッと汗を握りしめました。次の瞬間、かつて沖縄に行ったときのあの感覚がやって来ました。

ド、ド、ド、ド、ドドドドドドドドドドドドドゴワァアアアアアアアアアアア!!!!!!!!

このときの私の目には涙。感動したんじゃないです。さみしかったの。「さよなら日本」と、声にならない声でつぶやいていました。空港で別れた両親の顔や声、かつての楽しい家族との思い出、晩ご飯、ペットの犬、故郷の田畑や道、学校・・・。こういったものが走馬灯のように頭に浮かんできました。

「墜落しませんように」と願いつつも、「もう、二度と故郷には帰れない」とも思っていました。なのに、隣に座っていた同行の女の子は呑気に「すごーい!飛んだー!!」と感動していました。かつて私が経験したように。

あとはもう、大丈夫

飛んで空や雲ばかりしか見えなくなったら、恐怖症の私でももう大丈夫。というか、怖がるのに疲れたという感じでしたね。

ドイツ(ベルリン)に行くのに一旦フランクフルト(多分)まで行くことになっていましたが、だいたい11、2時間くらいだったと思います。そのあいだ、眠ってばかりいるのももったいないと思い、何かは忘れましたが色々やってましたね。音楽聴いたり映像を見たり妄想したり…。

楽しみだったのは食事やドリンクの時間。ルフトハンザ航空だったんですが、サービスが素晴らしく、客室乗務員の接客も丁寧で上品でした。コーヒーをカップに注ぐ所作がまた美しく、すごい教育されているなあと感心しました。食事は、一回一回洋食か和食のどちらかを選べました。美味しかったです!

「飛べば死ぬのみ。もう何も怖くない」・・・そう達観していた私は、機内では落ち着いた時間を過ごすことができました。できれば同行の女の子とたくさん喋りたかったのですが、彼女(she)ったら、食事やドリンクの時間以外はほとんど眠っていましたね(笑)

帰国してから

帰りの飛行機は平気だった(というか日本に帰れるのが楽しみで仕方なかった)ため、とにかく無事に日本に帰ることができました。「飛行機って本当に安全なんだな」と感じましたね。

でも!・・・「また乗りたい」とは思いませんでした。むしろ「二度と乗るもんかあんな鉄の塊」と思っていました。乱気流に巻き込まれて怖い思いをしたわけでもなく、酔ったわけでもありません。

「結果的に今回は無事だったが、運を使ってしまった。だから次こそは死ぬ」

私はそう考えていました。

再び、時間があればあれやこれやと墜落について調べたりして、グロテスクで凄惨な画像とかも目にしました。親が「飛行機で旅行に行ってくる」と言ったときは、旅行日が近づくにつれて、「あと〇日。目の前にいる母(父)は、〇日後にはバラバラの破片になってしまっているかもしれない。どうか・・・」と、私は無事をお祈り。

そしてそのたびに、私は飛行機墜落の怖さを感じます。ドイツに旅行した頃より、今はもっと恐怖心が強く、固いものとなっているように思います。

克服は諦めたほうがいいのだろうか

「一度飛行機に乗って “安全” だと分かれば克服できる」といったお話を聞いたことがあります。たしかに、怖くても無事に帰って来られれば、拍子抜けすると同時に「ああ良かった」と胸を撫で下ろすことになります。

が、私の場合は克服できませんでした。「また乗りたい」と思うどころか、「二度と乗りたくない」という気持ちがますます強くなり、日に日に恐怖心が増大していったのです。あれだけサービスしてもらえた上に、無事に帰って来られたにもかかわらず。

たまに墜落事故のニュースが流れますが、そういうのを目にするたびに「ああ怖い」と思い、「飛行機はダメ」という気持ちが確固たるものになっていきます。ダメなほうは過剰に怖がる私なのに(笑)分かっちゃいるけど治せません!

音楽留学しないことを手伝った恐怖心

まるで『のだめカンタービレ』の千秋真一みたいですが(笑)、私は学生時代、飛行機が怖いからという理由で留学を半ば諦めていました。

まだ自分の専門としたい研究分野が固まっておらず、あれやこれやと考えていたとき、「やはり留学して向こうの空気を吸いながら学ぶべきだよな」と思ったりもしました、就職か進学か留学か・・・と迷い、ちょっとだけ社会人経験を経てから「大学院への進学」となりました。

「留学」を却下した理由は、私が「日本で日本歌曲をきっちりやっていこう」という気持ちがあったということがまず最大。それから、「飛行機が苦手だから、仮にドイツリートとかバロック声楽を本格的に学びたくても、あっちには行けないな」といった思いも手伝いました。

克服のチャンスを失った

留学の必要性(音楽編) すべき?しなくて良い?」の記事に書いたように、結果として私は日本歌曲を攻めたかったため留学をしないことを決心できましたが、もしそうでなければ、まず飛行機恐怖症を克服するほかなかったのです。

逆に言えば、私は飛行機恐怖症を克服するチャンスを失ったといえます。内心では「良かった良かった」と喜んでいるものの、このまま克服できなかったら、このグローバルな社会の中不自由することもこれから出てくるかもしれないな、と思うのです。

というか、海外旅行にすら行けない!まあ、海外はあまり行きたくない派なのでさほど問題には感じていませんが、もし何らかの都合で行ったほうが良い状況になったとき、いったいどうすればええんやろ~!?

「ドイツに行ったときのノリで行けば?」とか言う人もいるかもしれませんが、いや、先にも書いたように、その頃より今のほうが恐怖症が強いですからねぇ・・・。「睡眠薬作戦は?」と言う人もいると思いますが、後々「空を飛んだ」という事実を知ったらどうなることか・・・!

まことに女々しき男でございますなあ私。かつての「まあ墜落しても切り傷や骨折くらいだろう。まあ海に落ちたら知らんけど」っていうタフさはどこに行ってしまったのでしょうか。

治療の夢

まず先に行っておくと、「恐怖症を治療したい!」とは思いません。だってお金も時間もかかりますでしょう?そこまでして克服したいとは思いませんし、優先順位的には潔癖症のようなものを先に治したいです。

でも、あらゆる事情を取り除いて “気持ちだけ” で述べるのであれば、「治したいです」と答えます。

ところが、ネットで病院を調べてみても、全然ない!飛行機恐怖症外来みたいなのがあればいいんですが・・・、ない!まあ一応ないことはないみたいです(こちら)が、現実的ではないですよね。

もし治療するとなれば、精神科になるのでしょうか。そこでもOKなら、まだ救いはありますよね~!まあ、たぶんよほどのことがないと行かないけど(笑)

最後に

音楽系ブログなのに、飛行機恐怖症のお話でこんなにも長くなってしまいました。すみません。

でも、もしあなた様とかと思いを共有できたのであれば、私は嬉しいです。中には「馬鹿な奴だな~」と思って読んだ方もいらっしゃると思いますが、それでもここまで読んでくださったのは嬉しいです。

飛行機恐怖症って、きっと大丈夫な人からしたら「なんだそんなことでウジウジして」ということかもしれませんが、私自身だってそう思っているのです。「なんだ自分!こんなことでウジウジしやがって。飛行機は安全な乗り物なんだぞ」と言い聞かせるようにはしています。でも、無理なものは無理。

ゴキブリ、触れます?平気ですか?呑めますか?無理ですね?・・・それと同じです。ちなみに私、ゴキブリ別にそこまで怖くないです。とは言っても触りたくないし、呑むことだって当然できませんが(笑)

長くなってしまいましたので、ケリをつけましょう!

 克服する気はない!

お読みいただきありがとうございました。

 
スポンサーリンク

>> 全記事一覧はこちら <<

サブコンテンツ

クリックでD.C.