介護施設でのボランティア演奏について思うこと

介護施設

どうも!タラッタです。

ネット上で、こんな記事を見かけました。
演奏に代金は払いたくないのか? プロの歌手が苦言

介護施設から強制ボランティアを依頼されて演奏しに行くということが、演奏家の人ならしばしば起こりうることです。強制ボランティアだで、ギャラなし交通費なし。つまり「無料で演奏してくりゃーすきゃ?」ってわけだわ。

幸い、私はそういう目に遭ったことが一度もありませんが(というか回避しとりますw)、母が介護施設で看護師として勤めとるんで、ちょっくら思うことを書いてみようかと思い至りました。

タダはありえないが、タダで頼まれる

タダで演奏するってことはあっちゃいかんのに、なぜかタダで頼む施設は少なくない模様。これはゆゆしき問題です。

音楽は無形だが、そこにはコストとノウハウが

以前に私は、「音楽の演奏をタダで頼むことについて考える」という記事の中で、以下のように述べました。

音楽は商品です。しかしまた、演奏も商品なのですね。「商品」という表現は個人的に好きではないのですが、紛れもなく、音楽にもその演奏にも価値というものがあります。

人に見せられる(聴かせられる)演奏をするには、たとえ一曲2分程度の演奏であれ、練習、交通、打ち合わせ、そしてレッスンや研究時間に裏打ちされています。2分の演奏であっても1分であっても10秒でも、そういう時間や労力、出費を欠かすことは不可能です。

要するに、プロの演奏家としてやっとる以上、きちんとした演奏をすることが当然の使命だし、そのための準備や、共演者との打合せ・練習も必要です。交通費だってかかります。私は声楽家なので、伴奏者には謝礼を払わんといかんわけです。

演奏には形がありませんが、レストランの料理と同じで、コストもかかっとるし、ノウハウだって生かされとります

介護施設「タダで歌ってほしい」

介護施設で働く母が、私にこう言ったことがあります。
「レクリエーションでお年寄りのために歌ってほしい、って職員みんな思っとるよ」

そこで私はこう答えました。
「歌いたいのはやまやまだけど、どうせギャラ出んよね?伴奏者だって必要だし」

すると母はこう答えました。
「そんなんあるわけないがね。出てもペットボトルのお茶くらいだわ」

・・・どうでしょう。プロで演奏活動をしとる方なら、上記の言葉を聞くと憤慨したくなると思います。今、画面の前で心拍数が上がっとる人は少なくないでしょう。

なぜ、介護施設はタダで頼むのか?

それにしても、タダで頼むのはなぜでしょうか。むろん、ハッキリした答えは出ませんが、私なりに考えてみた結論は以下のとおりです。

形が無く、価値が分かりづらい

先ほども述べましたが、音楽には形が無く、その価値を定めにくいものです。そのため、どうしても「ちょっと歌ってくれよ~」というポップな気持ちで頼みがちですね。

それに形が無い上に、聴き手(素人)もなかなか理解してくれないもの。たとえ一流のスキルでも、そんなことに気付いてくれません。いくら素晴らしい演奏でも、お年寄りや職員たちが楽しめなきゃ意味がない。

しかし、楽しいものというのは、以下のように どうしても軽視されがちでもあります。

歌や音楽 = 遊び

母が勤める介護施設の職員たちの中には、実際に「歌は遊び」としか考えてない人もおるようです。さらには、記事「音楽・文化に対して排他的な、わが故郷」に書いたように、地域性としても「音楽=遊び」という感じ。

いくら素晴らしい演奏でも、いくら楽しい演奏会でも、形が無く、なお “ 楽しませ奉り申し上げる ”  ものである以上、道楽的な扱いになってまうんです。

こういったキライがあるがために、ギャラを用意して演奏家を招いてくださるということは、余程のことがない限り今後望めないかと思うんです。 

経済・経営の影響

上では介護施設を批判するような感じになってまったけど、必ずしも音楽・演奏に理解を示さない人・施設ばかりではないでしょう。ギャラを支払う必要があることを分かっとらっせる人もおるはずなんだわな。

でも、母に聞くところ、少なくとも周辺の介護施設はどこも景気が良くないんだげな。「ギャラを出さなかんって頭で分かったとしても、捻出できる予算がないと思う」と母は言っとりました。

日本の介護施設の事情については、親戚からも色々と聞いとります。想像以上に大変なよう。施設にもよってやや差はありますが、どこもかしこもいっぱいいっぱいの状況でやっとるみたいです。

国から施設に支払われる介護報酬が2.27%引き下げとなることが2015年に決まり、さらに介護職員の給料UPも決まっとるようです。つまり、施設が持てるお金は減るのに、介護士に払う給料は増えるのです(ちなみに看護師は上がらないという奇妙さ!)。

すると、そこに回せるお金が無くなってまうんだで、余計に演奏家がギャラ付きで呼ばれる可能性は低くなると。

まあ、介護士の給料がUPすることで介護職志望者が増えたり離職者が減って、結果的に利用者も増えて介護界が良くなっていけばええんです。が、余計に人件費削減に躍起となる(=つまり、余計に人手不足となってしまう)施設も少なくないでしょうから、どうなることやら。。。経営者だって神様じゃないしネ。

ギャラを出さないのではなく「出せない」?

以上のお話のように、介護施設によっては、ギャラを出さないのではなくて「出せない」という状況の所もあると思います。まあ、元々出す気のない施設もあると思いますが、経済・経営的に潤いさえあれば、「出そう」という発想にちょっとはなる気がします。

施設によっては、本当に演奏家をリスペクトしとる所もあると思います。そういう施設は、余裕があればギャラを出してくださると思うのですが、中には、泣く泣く依頼を諦めたり、「どうかタダで」と頭を下げる所もあるかもしれません。

何も考えずに頭から「演奏くらいタダでええわ!」というのはいただけませんが、それはなかなか外部からの目では分かりづらいので、あまり我々演奏家も簡単に憤慨しないようにしたいものです

演奏家がリスペクトされるべき存在であるのと同時に、介護施設だってリスペクトされるべき存在だと思います。むろん、ほかの業種だって同様です(でもまあ、もう少し音楽が大切にされてもええんじゃないか?という気はしますけどね)。

なお、母の名誉のために補足しておくと、母自身は一声楽家(私)の親である以上、演奏家にギャラを支払うべきだという理屈は重々理解しとります。でも、「あんたの歌なんかタダでええんだわ」と、私にしか通じない冗談を言ってくるときもありますwww

 
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