言葉の裏を読み、相手の心を読み、奥ゆかしく生きてみよう

どうも、タラッタです!

百人一首にある、この和歌をご存知ですか??

あしびきの 山鳥(やまどり)の尾の しだり尾の
 長々し夜を ひとりかも寝む

私の好きな和歌のひとつですが、意味は、
「山鳥の尾が垂れ下がっているような長い夜をひとりで寝るというのだろうか」
という感じです(正確じゃなかったらすみません^^;)。

これは、柿本人麿が詠んだ恋の歌ですね。
まあ、この歌が詠まれた背景とか真意については置いておき、もしこの歌を異性の人から詠まれたら、あなたはちゃ~んと相手の気持ちが分かりますか?

・・・ってことを、私は尋ねてみたいわけです。

現代的なやりとりで例を挙げてみると、

まず、いきなり ある異性に、
「ねえ、今日○時に××で待っていてほしい」
と言われ、いざその時間に約束の場所に行ってみました。

そしたらその異性がいきなりこんなことを言いました。

「キジの尾のような長い夜を、ひとりで眠ることができない」

・・・あ、今あなた引いたでしょ!?(^^;)
ダメですよ!マジメなんですから~!

じゃあ、この例はどうでしょう?

付き合ってしばらくした時期、メールでこんな文が相手から。

「枕が湿ってしまい、どう乾かしたら良いのだろうか?」

・・・さて、このようなメールが来たら、
あなたは相手の思いや言いたいことを理解することはできますか??

私は完全に理解することは難しいと思いますが、
でも、全く分かりやしないってのも鈍感じゃないか?って考えているんですが、
あなたはどう捉えますか?

まあね、今の時代そんな奥ゆかしい書き方をする人はいないと思いますが、
もしいたとしたら、随分と風流な方だあ~って印象があります。
わざと書いていても、そのように書こうとする精神にこそ心打たれますね私は。

さて、この記事のタイトルの件ですが、
恋などにおいて、「思っていることは、全部話さなきゃ分からない」
というスタンスをお持ちの方は大勢いらっしゃるかと思います。

私がかつて付き合っていた人も、
思っていることをぜ~んぶ口にしない限り、
なかなか気持ちを理解してくれませんでした。

寂しいときは「○○(相手の名前)がいないと寂しい」、
「いつも○○のことを考えてしまい、作業に集中できない。それほど愛している。大好きなんだよ!」
という感じで、ストレートに表現する必要があったのです。

まあ、今の時代、そのような言い方はフツーだし、
気を許し合うカップルの間では、もっと生々しい表現も使っているかもしれません。

しかし私はこうも思うのです。

「全部話さなくても、気付いてほしい」
「全部話さないからこそ、美しいのではないか」
「奥ゆかしい日本人らしさこそ綺麗ではないか」

・・・そこのあなた!今ニヤけました??
それとも、「綺麗事だろ~」って馬鹿にしてませんか!?(;・∀・)

あ、構いません!大いに馬鹿にしていただいて構わないです。。。

でも、きっと同じように考えている人はけっこういると思います。いや、いてほしい!!

(逆に、私が付き合っていた彼女自身は「(私が貴方に全部)言わなくても分かるでしょ!」という人で、
私は彼女の真意をなかなか汲み取ってあげることができませんでした。
そんな私こそまだまだ修業が足りないわけですが(汗)、
やはり、日本人らしく、相手の心を読むという行為は美しいと思っています。)

和歌を参考にすると、非常に深い意味が、わずか31文字に凝縮されています。
昔の教養深い人は、その歌を詠んで(あるいは聴いて)涙したり癒されたりしたわけです。
逆に理解できなかった人は無教養と見なされたりしたそうです。

これは、今でも通ずることだと思います。
言葉の裏の意味とか、その言葉を発言するに至った背景とか、
そういうところに感性を働かせてコミュニケーションをとることが大切なのではないでしょうか。

コミュニケーションがあまり得意でない私が言えることではないですが、
常日頃よりつくづくそう考えています。

私の専門は声楽(日本の歌)なので、そちらの話に移すと、
日本の歌の歌詞も、少ないところに様々な思いや背景が隠れています。

例えば、『鐘が鳴ります』(北原白秋 作詞、山田耕筰 作曲)という歌曲の歌詞は、

鐘が
鳴ります
かやの木山に
 
山は
寒空
遠茜
 
一つ星さへ
ちらつくものを
 
なぜに
ちらりとも
出て見えぬ

私はこの歌曲が好きで、大学院の修了演奏会でも歌いました。
この詩は随分と素敵で、歌っていて思わず袖が濡れてしまうほどです。

では、どんなことを表現しているのでしょうか?

実は、単に「あぁ・・・鐘が鳴るなあ。星がちらつくなあ。」
って歌ってるわけではないんですよ。

私は基本的にイジワルなので答えは書きませんが、
ヒントは、何行か上に書いた、
「歌っていて思わず袖が濡れてしまうほど」という点です。

鐘の音に感動したり星がキレイで見とれて泣いてるわけじゃないですよ(^^;)
まあ、どなたでも、しばらく考えれば分かると思います。
敏感な方は、歌詞を読んですぐに気付けたかと思います♪

・・・と、話が逸れてきましたが、
要は、日本人の“空気・気持ちを読む力”って大切にすべきだと思うんです。

「全部話さなきゃ分からないじゃないの!!」

そういう気持ちも分からなくないですが、
もっともっと、人の内面にベクトルを向けていきたいものですね。

現代は情報化社会で、大変便利な時代です。
メールだって頻繁に交わせて、なかなか寂しいとは感じない時代かもしれません。

そのせいかどうかは分かりませんが、
なんとなく、人間同士のぬくもりというものが欠如してきたような気もします。
ネット上でも、やけに皆さん殺伐としていませんか?

前にこんなサイトを見かけました。
ある歌手の批判をしていたサイトだったんですが、
全てストレートに書いてあり、どう読んでもその歌手がかわいそうに思えてならない内容でした。

もちろん、言論の自由は認められていますから、間違いではありません。
でも、そこには人間の体温というものが感じられなかったのです。
そのサイト運営者は、正直に意見を発言していただけではありますが、
その文章を読んだ人の気持ちのことを考えていたのか甚だ疑問でした。

人間同士のぬくもりを取り戻すには、相手の気持ちを思いやったり、
優しい心で接することがベースにあるのではないかと思います。

言葉は、全部話すと角が立つことがあります。
だから、全部話さないほうが良いシチュエーションもあります。
そして、相手の心の中を読み取る必要も生じてきます。

では、そのような感性はどのようにして育てたら良いか?

そのひとつは、私はやはり芸術や音楽に触れることだと考えます。
先ほどご紹介した和歌、歌曲(詩)をはじめ、
川柳や俳句、絵画、彫刻、楽器演奏、書道、演劇などなど、ありとあらゆる文化活動こそ、人間の持つ本来の豊かさを育む方法の一部だと思います。

しかも、スピードや効率、機能性ばかりが重視される現代だからこそ、そういった活動にもっともっと積極的に取り組まねばならないでしょう。

そして第6感的な感覚を育て、お互いの気持ちをテレパシーとして通じ合える、奥ゆかしいコミュニケーションをとっていくことが理想です。いじめ問題から人間関係のストレスなどなど、総合的に良い方向へ向いていったらいいな・・・と願っています。

願うだけではダメなので、
私は日々修業のつもりで生きていこうと思います!

P.S.

正月は、初詣に新年会に能楽鑑賞に、色々楽しみました。

能楽(能と狂言)はいつ見ても圧巻ですね~♪
話自体はちょっと難しいですが、観ていて雅やか!いいですよ~(*´ω`*)
まだ観たことない方は、是非ご覧になってみてください。

あと、今回の記事の冒頭に百人一首の話が出ましたが、
中学時代にクラス対抗百人一首大会をやったことを思い出しました。
あれって本気でやると怪我をしますね!ある人は血まで出ました。

いやはや、正月の遊びに是非百人一首を~♪って思ったんですが、
私は車の中でBGM(とは言わないか^^;)で流してるだけで、
久しく対決をしたことがないですなあ。

 
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