3月11日

こんにちは。タラッタです。

一昨日はとある稽古があったのですが、
いや~、外を歩いていても実に暖かく、
もう夏日でしたemoji でも空は“霞か雲か”状態。
それに引き換え、昨日は風が強くて肌寒い1日。
稲沢市民会館まで「音楽三昧 情熱編」を楽しみに行きましたが、
ほんと、室内で過ごして正解な1日でした♪

今日も、そんなに暖かいわけではないですが、
それよりも、“忘れることができない日”です。

3月11日。

2年前の地震発生時、
私は大学の練習室でオルガンを弾いておりました。
そしたらいきなりフワフワと大きく揺れ、気味の悪い感じがしました。
私の住む愛知でも震度3や4を観測したように記憶しています。

すぐに携帯のネットで調べたら、
最大震度が7と書いてあり、とにかく驚き、
落ち着かなくなりました。

その後、オルガンのレッスンを受けに教会まで。
先生とも地震の話をし、
もし自分たちの地域でも大地震が起きたら、
どうやって身を守ろうか考えたりしました。

レッスンが終わって名古屋駅へ行くと、なんか大騒ぎ。
新聞を配っている人がたくさんいて、
その新聞をチラッと見てみたら、
「巨大地震」(だったかな)と書いてありました。
ただごとではないぞと感じました。

ニュースを見てみれば、津波の情報。
日本列島の東側沿岸が真っ赤になっていたし、
黄色くなっている沿岸も多いこと多いこと。
そんな情報、生まれて初めて見たように思います。

でも、あまり実感がなかったのが正直なところ。
これを打ち破ったのは、家に帰って見たテレビ。
津波の恐ろしさを、視覚的にではありますが、知りました。

その日から2年経ちましたが、
実際のところ、私の住む地域では既に風化しかけている話です。

私のまわりには、3.11を教訓にしている人があまりいないような気がしてなりません。
あの日にはあれだけ
「やれることをしなきゃ」「悲しくなって泣いてちゃった」
と言っていたのにも関わらず、今となっては、
「なんとかなるよ~」「そんなこと考えていたらキリがない」
と安心しきってしまっているのです。
(あくまで、私のまわりの話です。)

私は、過去を忘れず、今後の対策はよく考えるべきだと思います。
地震学的にはこれからも巨大地震が起きるみたいだし、
日本に住んでいる以上地震からは逃げられないんだから、
地震とうまく共存していくことを考えないといけませんね。

 
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