日本語への姿勢

こんにちは、タラッタです!

今日は、日頃から懸念している日本語について、書いてみました。

私が一番気にかけているのは、日本語が日々変化を遂げていること。ではなく!誤用が定着してしまったり日本語に対して無頓着でいることなのです。

例えば、
「雰囲気」は「ふんいき」なのに「ふいんき」と間違えたり、「間髪を容れず」は「かん はつをいれず」なのに「かんぱつをいれず」と間違えたり、
「~なのは意外だ!」を「~なのは以外だ!」と書いてしまったり、「了承しました」と言うべきを「了解しました」と言ってしまったり、「的を射た~」を「的を得た~」と誤認していたり、
…と、挙げれば限(きり)がないです。

しかし、間違えてしまうのは仕方がないと思います。問題なのは、間違いを知りながらも「日本語は変化しているんだから」と簡単に開き直ってしまったり、平気で誤用を継続することなのです☆

また、パソコンなどの自動変換機能でも、間違った変換がインプットされていて、それが誤用の氾濫を助長したりもしています。これは、間違った変換のほうの使用者が多くなっていることが原因になっていると思います。

確かに、間違った言葉が正しい言葉よりも多くの人に使われるようになれば、それは一般化しますし、過去から現在までの日本語だって、そのように変化してきたでしょう。

ただ、日本語の正しさや美的センスに対して理解しようとする姿勢を示すか示さないかで、今後の日本語の変遷は全く異なったものになるでしょう。

できる限り正しい日本語を知り、美しく使っていきたいものです☆
日本人として、無頓着ではいけないし、使命みたいなものがあると思うのです!

特に、日本語を追究すべき仕事(言語学者、マスコミ、教師、保育士、役者・俳優、声楽家、邦楽家、小説家、漫画家 等々)に就いている日本人たちは、
言文一致以前の古い日本語にも遡って、日本語の真髄を知ろうとする必要もあると思います。
私もその一人。まだまだ勉強不足です。。大変だ 汗
なのに偉そうなことを言って、すみませんm(_ _)m

まあ、完璧はまず不可能だとは思いますし、砕けた言葉を使ってはいけないとは全く考えておりません(むしろ使っても良いと考えております)ので、
気楽に、でも謙虚に楽しみながら、外来語や新しい言葉も含めた日本語についてもっと知識の幅を広げていけたら…と思います♪

 
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