声種の判断は、永遠の課題だと思う

どうも、タラッタです!

今回は、ずっと前の記事「自分の声種を決めるのはいつがいい?」の内容を、もう少し充実させたようなお話でございます。声種の判断はどうしたら良いか?というテーマです。

声楽では、必ずと言って良いほど声種を決めますよね。声種には、別記事「声種の細かな分類」に書いたように、実に多様なタイプがあって、一体自分はどこに該当するのか、音大受験生や音大生は迷いながら毎日練習に励んでいることと思います。

しかし私は、声種の判断なんて急がなくて良いと思うし、そもそも声種なんてものは人生における永遠の課題であるとも考えています。

なぜなら、声は年齢を重ねるうちに徐々に変わるし、体調や発声の訓練によっても変わってくるものだからです。だから、毎日毎日声を微調整しながら、自分にとって一番しっくりくる声を求めていくのです。これは死ぬまで続くでしょう。

歌声は、声種ありき ではない

そもそも歌声というのは、声種を決めて作っていくものではありません。

例えば、「僕はテノールだ」と決めてからテノールらしい声を作るのは、順番が逆なんじゃないかなと私は思うのです。つまり、自分の声に適した発声を求めて、その結果、「僕はバリトンだった」とか「あなたはテノールだね」とか目星がついてくると思うのです。

それに、そうやって声種が決まったからといって、ずっとその声種を固守して歌い続けていくのもおかしいのです。先に述べたように、声は毎日微妙に変化していくものなので、その毎日の自分の声に合わせた発声を求めるべきで、ある日に声種が変わることもありうるのです。

まあそれは少し大胆なお話ですが、特に女性の場合は生理や妊娠によって声質が変わったりします。歌わない人にとっては微妙な差かもしれませんが、歌い手にとっては大きな差となります。もっと言えば、女性は閉経後、急に声が太く低くなります。ソプラノであってもアルトに向かっていくのです。
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一方学生さんの場合は、そのような大きな変化はないですが、声が日々微妙に変化していっているのは十分にありえます。

私はいまアラサーですが(笑)、10年くらい前の自分の高校時代の録音音声を聴くと、全然声が違っています。当時は青年らしいフレッシュなテノールだったのが、今はオッサンのような渋い系になってきています。若干ショッキングではありますが、それが現実です。

だから、ずっと自分がテノールのつもりで同じような発声を求め、オッサンの歳になったときに「なんで声がうまく出ないのかな」と悩んでも、それはまずやり方・考え方が間違っているからです。オッサンになったらオッサンなりの発声があるはずです。

それも急にある日オッサンになるのではなく、毎日微妙に変化を遂げつつオッサンに近づいていくわけです。イメージできますでしょうか?日々過ごしていてなかなか気付かないですが、先ほど申しました通り、声は変わっていっているんです。

特に音大受験生や音大生の場合は、まだまだ発声器官が未熟で声は不安定。声種をズバッと定めて練習してしまうことで、可能性が縮まったり、ノドに負担になったりすることがあります。

そしてスキル的にも伸びしろがありますね。発声器官が未熟で、かつスキルもまだまだ伸びる余地があるときに声種を決めるのは、本当に色んな意味で危険なことなのです。私のようなアラサーだって、日々の老化による声の変化やスキル不足(←まだここ 笑)に悩まされてます!

だけど決めなきゃいけないときがある

音大受験の願書、コンクールの申込用紙、コンサートのプログラムなどには、自分の声種を載せなければならないことが多々あります。実際に声楽リサイタルで、自分の声種を書かない人はあまりいません。

でも、それはそれで良いと私は思います。まあ、音大受験で声種を書かされるのはちょっと・・・と思いますが、発声器官的にもスキル的にも安定してきたときは、一応声種を決めて活動したほうが良いでしょう。そのほうが、自分を売りやすくなるし、声楽社会上の立場も定めやすくなります。

ただ、繰り返しになりますがそこで100%声種が決まるわけではないので、あくまで“その時点”でのお話です。

“その時点”では、「自分はソプラノとして歌う」「自分の声はバリトンとしての見込みだ」という意味合いで自分をプロデュースするわけですが、1年後(・・・じゃ早すぎるので5年後にしようかな)には、「極めていった結果、メゾソプラノでした」ということも往々にしてありうることです。

その後も、声は変化していって、同じメゾソプラノであっても、軽い系から重い系になっていたり、バリトンなら、テノールに近い爽やか系から渋い系に変わって行ったりと、本当に声というものは変幻自在な生き物であるわけです。

もちろん、元々持っている声帯がアメーバのように変形するわけではないので、アルトがコロラトゥーラ・ソプラノになったり、バスがテノールになったりといた極端なことはまず無いですが、先ほどからくどいくらい申しているように、声は微妙に変化をしていっているのです。

音大受験生や音大生は、自分の声種って何だろうと不安になるかと思いますが、あまり気にしなくて良いと思います。自分にとってベストな発声(声種ではなくて)を追求していくほうが大事です。

そして、私がもし審査員なら、受験票等に書いてある声種はまず無視します。あくまで“その受験生の夢”として捉えるだけでしょう。「あぁ、この子は今はソプラノを目指したいんだな♪」という感じでね。「おいおい、ソプラノって書いたんなら高音を軽々出せよ!」という厳しい判断はしたくないです。

まとめ

声種は100%決まるものではなく、変化するもの。極端には変わりませんが、その微妙な変化だけで、歌声を聴いたときのイメージというのは随分変わるものです。

自分にとってのベストな発声を探す旅は、死ぬまで続くでしょう。今日は良くても、明日は明日の風が吹きます。それが年単位になれば、大きな変化となっているはずです。

だから私は、いまだに自分の声種について自信を持って○○ですとは言えません。もちろん言うべきシーンでは言いますけれど、それはあくまで口先のみ。本当は迷っているのです。

逆に、胸を張って「僕は○○だ!」と言えるなら、それはその声種に命をかけている人かもしれませんね。「それ以外はありえない!この声種でなくなったら死ぬんだ!」的な・・・。あ、ちょいと大袈裟かな。すみません(^^;)

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