高い声を出す方法ばかりに固執していませんか?

どうも!タラッタです。

今日は、高い声を出す方法ばかりを考えている方に、ちょっとだけアドバイス・・・というか考え方に柔軟性を持たせましょう!といったことをお話ししたいと思います。

高い声を出す

私が声楽を教えている生徒に、「高い声を出せるようになりたい」と常に言っている人がいます。彼女の脳内には、高い声を出すことこそが歌が上手いということだといった図式があるのでしょう。ちょっと高い声が出せないだけで、とても悔しい思いをするようです。

たしかに、その気持ちは分かります。出したい音が出せないほど欲求不満なことはありませんからね。私自身も何度も感じてきました。

でも彼女、低音がとても綺麗なのです。にもかかわらず、それに気付かないで「私は全然ダメ」と思いこんでしまうわけです。既にその思考が癖になっていたようで卑屈になっていました。そこで私は少し厳しく「悪いところばかりに目を付けていては伸びませんよ」と指摘したところ、やっと少し考え方を変えてくれたようです。

きっと、この記事をお読みになっている方も、「高音が出ないなら意味が無い」「高音こそ歌の魅力だ」とお考えかもしれません。そうですね。ソプラノ(特にコロラトゥーラ)とかテノールの声楽家を目指している方なら、高音がうまく出せないのは死活問題でしょう。

ただ、一度原点に戻って考えてみましょう。

歌の良さって、本当に高音を出すことですか?高音さえ出せれば、人に感動を与える歌が歌えますか?

・・・答えはノーです。

別の生徒にこんな方がいます。「私は若い頃、そのとき習っていた先生に高い声を出す特訓ばかりさせられ、嫌になってストレスで声が出なくなってしまったんです」という方です。先ほどの生徒とは違い、「歌ってそんなに高音が大事かな??」と懐疑的な視点をお持ちの方です。

私の声楽レッスンでは、もちろん高音を伸ばすことも視野に入れてはいますが、猛特訓はしません。むしろ、「高音なんて出なくても問題ないですよ~アハハーッ!!」と笑い飛ばしています。そのくらいに考えてちょうど良いと思うからです。

だからその生徒さんは、「声楽のレッスンなのに、高音を特訓しないのは珍しいですよね。だけど私はすごくストレスフリーで楽しく歌えます♪」とおっしゃっています。

・・・なんだかだんだんと手前味噌的な感じになってきましたが(笑)、高音が美しくハリのある声で出せたところで、良い歌が歌えるとは限りません。スキルとして考えても、高音が出せるからって中低音が充実しているとは限らないんです。

声の訓練はとにかく時間がかかります。高音を出す方法ばかり考えていても、そこに大きなメリットはありません。それよりかは、姿勢や呼吸の基本とか、体の仕組みとか考えたり、いかに省エネな状態で自然な声を出すか?といったことを考えたほうが得策です。

そうやって基本的な事柄を考えて学ぶにつれ、少しずつ声の出し方のコツが分かってくるはずです。それはもう、時間がかかります。

でもまあ、方法によっては一ヶ月やそこらで高音が出せる方法もあるでしょう。実際に、そういう類の教材も世の中にはあります。例えば、以下の教材のようなものです。

⇒ 楽に高い声を出すための高音ボイストレーニング教材

どうしても近々100%高音を出さねばならないことがあるなら、こういうのを使って即席的に出せるようにすることはとても意義があるかもしれません。実際にこういったのを手にし、必死に練習している人もいるでしょう。

でも、それで身に付けた力は本当の力ではなく、とってつけたようなものです。ことわざに「馬鹿の一つ覚え」というのがありますが、まさにそれに近いものがあるでしょう(別に悪いことではありませんが)。もちろん、元々高音を出す才能があればこの限りではありません。

高音を出す方法を模索することは、必要なことだし良いことです。しかし、そればかりに固執したって良い声にはならないし、心打つ芸術的な歌は歌えません。一発芸としてやるなら好きにすれば良いと思いますが、歌と真摯に向き合いたいなら、もっと幅広い考え方をしていったほうが良いと私は思います。

今回は少し短いですが、以上といたします。
お読みいただき、ありがとうございました。

スポンサードリンク

 
スポンサーリンク

>> 全記事一覧はこちら <<

サブコンテンツ

クリックでD.C.